わたしの残り時間が見えた気がした

最近、時間のことをよく考えている。
きっかけは、少し前に買った腕時計だった。

毎日腕につけて、時間を見る。
そんな当たり前のことをしていたら、ずっと忘れていた映画が突然頭に浮かんだ。

『TIME/タイム』
ジャスティン・ティンバーレイクのやつ。
2011年のSF映画で、この世界ではお金の代わりに時間が通貨になっている。

働けば時間をもらえる。
何かを買えば時間が減る。
そして、持っている時間がなくなれば死ぬ。

時間=命。
今になって、ものすごい設定だったんだなと思った。

貧しい人たちは、明日を生きるための時間を稼ぐために働き続ける。
一方で、富裕層はたくさんの時間を持っている。
もちろん映画だから極端なんだけど、なんだか現実とそんなに遠くない気がしてきた。

現実でも、一日はみんな24時間。
でも、24時間あることと、その24時間を自分の好きなように使えることは同じじゃない。

わたしも会社に自分の時間を渡して、その代わりにお給料をもらっている。
仕事もやればちゃんとできるけど、あんまり好きじゃない。

まずは自分にできそうなもの、大変じゃないものをベースに仕事を選んだので、仕事自体はそんなに苦じゃない。
むしろ楽。
覚えるのもわりと早い方だし。

でも、情熱を持って仕事をしているかと聞かれたら、そんなことはない。
生きるために働いている。
だから、お金があるなら働く理由もあんまりない。

そもそも、昔からなりたいものがなかった。
就職活動をしたとき、それを思い知らされた。
周りの人たちは、自分がやってきたことや強みや将来について、ちゃんと話していた。

わたしには何もなかった。
ゲームして、アニメ見て、なんとなく過ごして。

「御社でこんなふうに役に立ちたいです」
なんて気の利いたことも言えなかった。
正直、役に立ちたいとも思わなかったから、心にもないことは言えない。

わたし、今まで何してきたんだろう。
わたし、何をしたいんだろう。
こんな状態じゃ社会に通用しない気がして、就職活動をやめてそのまま進学した。

そんなわけで、わたしは院卒だったりする。
何かを研究したくて進学したわけじゃない。
ただ学業へ逃げただけ。

そのあと仕事を選んだときも、
「これがやりたい」ではなく、
「これならできるかな」だった。

会社に入ってからも、上司を見て「あんな風になりたい」と思ったことは一度もない。
むしろ、これは絶対なりたくないやつだ!
と思って、全力で逃げてきた。

同僚にも、「全力で逃げてるよね」とバレていた。
こんなわたしを今まで使ってくれている会社には、ちゃんと感謝している。
仕事を覚えさせてもらって、お給料ももらってきた。

別に会社が悪いわけじゃない。
ただ、わたしのやりたいことは、ここにはないみたい。

学業に逃げて、昇進からも逃れて。
恥ずかしい話、これまではずっとそんな感じだった。
なりたいものはないけど、イヤなことだけはハッキリしている。

これといった目標もなく、なんとなく楽なほうへ、楽なほうへ。
まぁこんなもんだろうと自分を納得させて。
最初からめんどくさがりだし、そもそも仕事もしたくなかった。

それでもここまで来られたのは、かなり運がよかったと思っている。
でも最近、少し変わった。

『TIME/タイム』では、腕に自分の残り時間が表示されている。
わたしの腕には、もちろん何も表示されていない。
あと何年あるのかもわからない。

なのに最近、残り時間が見えるようになった気がする。
時間には限りがある。
本当にこのままでいいのかな。

そんな当たり前のことを、今さら実感し始めた。
周回遅れだ。

もし本当に腕に残り時間が表示されたとしても、わたしは明日も会社に行くと思う。
生活があるから。
でも、確実に出口を探す。

というか、もう探している。
会社に行きながら、出口を探している。

今までわたしは、自分の時間を会社に渡してお金をもらってきた。
そのお金の一部を投資して、資産に変えてきた。
だったら今度は、その資産で自分の時間を買い戻したい。

いつまでもお金を増やし続けたいわけじゃない。
5年以内には、収益を得る部分をできるだけ半自動にしたいと思っている。
だって、お金を増やすために残り時間を全部使ってしまったら、なんのためにお金を増やしていたのかわからないから。

じゃあ、買い戻した時間で何をしたいんだろう。
なりたいものは、今もない。
でも、やってみたいことならある。

美味しいものを食べたい。
綺麗な景色を見たい。
映画を観て泣きたい。
好きな音楽を聴きたい。
知らないところへ行って、わくわくしたい。

たぶんわたしは、言葉より先に感じるものが好きなんだと思う。
「わあ」とか、
「好き」とか、
「なんかすごい」とか。

理由はあとから考えればいい。
なんであんなに心が動いたんだろう。
そうやってあとから答え合わせするのも、最近は楽しい。

別に何かにならなくてもいい。
ならなくちゃいけないものでもない。
わたしは、わたしのこころのおもむくままにやりたい。

心が動いたら、そっちへ行ってみる。
それに何の意味があるのかなんて、今はわからなくてもいい。
歩きながら考えてもいいし、あとから「ああ、そういうことだったんだ」と気づいてもいい。

もしかしたら、最後まで意味なんてないのかもしれない。
それでもいい。
残り時間は見えない。

でも、減っていることだけはわかるようになった。
だったら、その時間をもう少し自分のために使ってみたい。
そろそろ、自分の時間を買い戻す準備をはじめよう。

だって、時間=命だから。
これからは、心が動くもののほうへ行ってみたい。

いのちだいじに